音楽

もひとつ阿久悠

「僕も、やっぱり日本人という部分があるし、情念を否定するわけじゃありません。それを都はるみにも書いたし、石川さゆりにも書いた。もっとも、僕が書くなら何か新しいものを、と思い、女を移動させることにしたんです。
都はるみの『北の宿から』も、主人公の女は移動していますが、『津軽海峡・冬景色』は自慢の歌です。2行で上野から600キロ離れた青森まで行かせたのです。川端康成は『雪国』で清水トンネルを1行で越えたけど、青森にはかなわないでしょう。」


前エントリーの「時代の証言者」からですが、阿久悠の才気に満ちた気概を感じます。



「作曲した三木たかしがテープで送ってきた曲を聞いてると、何度聞いても冒頭は『上野発の夜行列車』と聞こえる。音に言霊があるんですよ。そうなると、『列車を待っている』情景にはならず、一気に『青森駅は雪のなか』になってしまう。」

わたくし、青函連絡船が廃止される前に、わざわざ乗りに行った人間です。
ちなみに石川さゆりも好きだったりする(ボソ)

・・・うーん、気がつくと、結局わたしは阿久悠に踊らされていたことになるのか。
ピンクレディーで踊っていた年下の諸君と、たいして変わらなかったのだな笑顔

阿久悠

時代の証言者〈11〉「ヒットメーカー」阿久悠 (読売ぶっくれっと)
時代の証言者〈11〉「ヒットメーカー」阿久悠 (読売ぶっくれっと)
読売新聞解説部

きょうはまた、暑さが厳しかったので、近くのファミレスで本を読んでいました。ちょっと前に買っといたものだけど、読まないでいたらご本人が先に亡くなってしまったのです。
思えばこの人の歌詞を聞いて、70年代に中学・高校生だった我々の世代は育ったのでした。阿久悠は「歌謡曲」の時代を創ったとすらいえるのかもしれません。なんだかこの頃の時代の日本がいちばん幸せだったと思えてしまうのは、自分の10代と重なっていたせいだけなのか・・・

彼はマンガ家の上村一夫とも親しかったのですね。上村の自伝的作品「関東平野」のなかにも阿久悠が登場しています。「昭和の絵師」と天才作詞家のコラボは、恍惚となるような傑作を生み出しました。



「青春はわすれもの 過ぎてから気がつく」 なんて言葉の魔術にシビれてしまいますわ~

社会科学やら「運動」やらではなく、言葉の芸術を中心に自分を鍛えてこられたらよかったなと、本当は思うのでございます。



ちなみに岩崎宏美も好きだったりする(ボソ)
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