歴史の現場

今日はD-dayだった

ノルマンディ

というわけで人工港「マルベリー」の残骸を。
また行きたいなあ

開陽丸

函館から洞爺湖を経て札幌まで行ってきたわけですが、反G8の行動だけしていたのではありません。ちゃんと観光してます(笑)
函館に着いた初日には、日帰りで江差に行ってきました。「幕末の旅」は続いています。

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鳥羽伏見の戦いのあと、将軍慶喜が大阪から乗って逃げてきた船でもあります。オランダに発注した新鋭艦です。帆を張ってますが蒸気エンジンも併用しています。

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オリジナルは沖に沈んでますので、これは再現されたものです。


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この時代から「クルップ」砲があったんですね。ヨーロッパに留学していた榎本武揚が、デンマーク=プロシア戦争のあとを視察して「クルップ」砲に注目し、開陽丸の装備としたそうです。

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これ以外にも船内のあちこちに砲弾の山が。引き揚げられたものだけでもかなりの量です。

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寝てます。


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六角テーブルは当時の作戦会議で使われたもの。
右側にいるのが榎本武揚で、そのうしろが土方歳三だそうです。

リトアニア・パルチザン

「パルチザン」と言ったって、大戦中のことじゃない。
第二次大戦が終わったあとの、占領ソ連軍に対するパルチザンだ。
このへんの歴史・・・はやく書かなきゃ・・・でも眠い

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パルチザンの装備したドイツのパンツァーファウスト。弾頭がすこし曲がっている。

訂正申請ではなく検定意見の撤回を

実行委に落胆の色/検定撤回否定

政府の側が譲歩して、めでたしめでたしなんて雰囲気になりかけているが、とんでもない。
軍の強制を削除させようとした意見そのものを撤回させなければ、沖縄の怒りに応えたことにならない。

教科書会社の過ちではないのだ。修正をさせた文科省のほうが過っていたのだ。
訂正申請なんてのは妥協でも譲歩でもない。あくまでも文科省は間違ってなかったとしておきたいのか。ふざけるな!

研究機関設立の提案もいいけど、公明党は教科書検定そのものについての意見を言え。

ほんとうは「つぶやき」に書くべき話題だが、「ビルマに自由を!」のバナーを明日掲載するので、とりあえずこっちに書いておく。書いておかねば気がすまない。

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(読谷村のチビチリガマ入り口)


「11万人はウソ」なんて言い出す奴まででてきた。度し難い傲慢としか言いようがないバカ!!!

トロツキー没後67年

8月21日はトロツキーがスターリンの手先によって暗殺された日です。
写真は1990年(没後50年)9月にメキシコへ行って撮ったもの。
昔からわたしは、ただの追っかけファンだったのだなあ・・・

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暗殺現場の書斎。椅子に座って原稿を読んでいるところを、後ろから頭にピッケルを打ち込まれた。

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博物館の職員に見せてもらったトロツキー暗殺を報じる当時の新聞。

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中庭。襲撃者を警戒するための望楼がある。暗殺された書斎は左側。

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近くには浮気相手だったフリーダ・カーロの「青の家」もあります。

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ちなみに孫のひとりはイスラエルで極右活動家になっているとのこと。トホホ・・


トロツキー研究所
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