「私の父は1924年チェジュド(済州島)で生まれました・・・」というセリフに泣いたわけよ。
その冒頭の言葉でどれだけ理解できる?
瞬間的に理解できなきゃダメだよ、私たちは。それくらいの知識がないといけない。

「在日だなんてカンケーないよ。同じ人間だろ?」なんてのもダメ。
ワタシはあなたが被ってきた苦しみには興味ありません、って言ってるようなもの。
善意の無理解ほど人を奈落の底に突き落とす。

そのひと言を言い出すのに、どれだけの煩悶と勇気を必要とすることか、ということ。
それを我々の社会は、未だに彼らに強いているという現状。

情けなくてもいいから生き延びて・・・というのもグッときたさあ。
美しい特攻死よりもねぇ、私は特攻の生き残りとか、原爆の生存者とか、ホロコースト・サバイバーのほうに感情移入しちゃうんだ。
生き残った人間が苦しまなければいけない世界なんてオカシイんだ。
「あなたが生きててよかった」と肯定される。そこで流す涙より貴いものは、この世には存在しない。


と、まとまった感想文が書けない代わりに、最低限言っておきたかったことを記しておく。



先週はひさしぶりに集会へ行って、米軍再編とか韓国の基地問題の話も聞いてきたのに、なんとなく書く機会を失してしまった。沖縄の事態も急を告げていて、それについてもホントは書かなきゃいけないし。

って、あまり自分を追い詰めるのはよくないけど。少し反省するフリをしてみる。